相続・資産承継 × 株式 シリーズ
国境を越える株式相続|米欧アジアの制度比較と日本居住者のアクセス手段
相続税の有無、取得価額のステップアップ、二重課税の調整——株式の承継ルールは国によって設計思想が大きく異なる。米国の遺産税方式、欧州各国の多様性、相続税のないアジア諸国を俯瞰し、日本居住者が海外株式を保有・承継する際に知っておくべき制度の交差点を解説する。
slug: auto-2026-06-27-global-equity-inheritance-comparison title: 国境を越える株式相続|米欧アジアの制度比較と日本居住者のアクセス手段 excerpt: 相続税の有無、取得価額のステップアップ、二重課税の調整——株式の承継ルールは国によって設計思想が大きく異なる。米国の遺産税方式、欧州各国の多様性、相続税のないアジア諸国を俯瞰し、日本居住者が海外株式を保有・承継する際に知っておくべき制度の交差点を解説する。 tags: [相続, 資産承継, 海外株式, 国際比較, 二重課税] categorySlugs: [inheritance] assetSlugs: [stocks] readingTime: "7分" lastUpdated: 2026-06-27 series: 相続・資産承継 × 株式 シリーズ
株式は国境を越えて保有できる資産である。日本に住みながら米国株や欧州株を持つことは今や珍しくない。しかし「持つこと」は容易でも「遺すこと」は一気に複雑になる。相続税の有無、取得価額の扱い、二重課税の調整——これらは国ごとに設計思想が異なり、複数国にまたがると制度の交差点で思わぬ負担や手続きが発生する。本稿では制度の大きな構造を俯瞰し、日本居住者が海外株式を承継する際に押さえておくべき論点を整理する。個別の税率や手続きは頻繁に改正されるため、本稿は数値の暗記ではなく「制度の型」を理解することを目的とする。
相続課税の二つの設計思想 — 遺産税方式と遺産取得税方式
国際比較の出発点として、相続への課税には大きく二つの型があることを押さえたい。一つは**遺産税方式(estate tax)で、亡くなった人が遺した財産の総額に対して課税する。誰が相続するかにかかわらず、遺産そのものが課税単位になる。米国や英国がこの型に近い。もう一つは遺産取得税方式(inheritance tax)**で、財産を受け取った相続人ごとに、受け取った額に応じて課税する。日本やドイツ、フランスがこの型に近い。
この違いは株式承継の設計に直結する。遺産取得税方式では、相続人を増やし、各人の取得額を基礎控除内に収めることで負担を抑える発想が働く。遺産税方式では遺産全体の規模が論点になり、生前贈与や信託を使って課税対象財産そのものを圧縮する発想が中心になる。同じ「相続対策」でも、どちらの型の国かによって有効な打ち手の方向性が変わる。
取得価額の扱い — ステップアップの有無という分水嶺
国際比較でもっとも実務的な影響が大きいのが、相続時の取得価額(コスト・ベース)の扱いである。
米国型 — 時価へのステップアップ
米国では、相続によって取得した資産の取得価額は、原則として相続発生時の時価にリセット(ステップアップ)される。被相続人が長年保有して大きな含み益を抱えた株式でも、相続人が相続直後に売却すれば、ステップアップ後の価額が基準になるため値上がり益課税はほとんど発生しない。これは「含み益を抱えたまま世代を越える」インセンティブを生み、長期保有を後押しする制度設計である。
日本型 — 取得価額の引き継ぎ
これに対し日本では、相続人は被相続人の取得価額と取得時期をそのまま引き継ぐ。被相続人が安く買って大きく値上がりした株式を相続人が売却すれば、被相続人の保有期間中の値上がり益にも所得税・住民税が課される。つまり日本では「相続税」と「将来の譲渡益課税」の二段構えになりうる。米国型のステップアップに慣れた発想で「相続すれば含み益は消える」と考えると、日本では大きな誤算になる。
この分水嶺を知らずに国をまたいで株式を保有すると、想定外の課税に直面する。たとえば米国に資産を持つ日本居住者が亡くなった場合、米国側の制度と日本側の制度の双方が関わり、取得価額の扱いも単純ではなくなる。
地域別の俯瞰
米国 — 連邦遺産税と非居住者の落とし穴
米国は連邦レベルで遺産税を課す。米国市民・居住者には大きな基礎控除が設けられている一方、**米国非居住外国人(日本に住む日本人など)**が米国所在資産を遺す場合、控除枠が著しく小さくなる点に注意が要る。米国株式は「米国所在資産」とみなされ、非居住者であっても米国の遺産税の対象になりうる。日本から米国株に投資している人が見落としがちな論点であり、保有形態によって扱いが変わるため、規模が大きい場合は専門家の確認が欠かせない。
欧州 — 多様性そのものが特徴
欧州は一国ごとに制度が大きく異なり、「欧州の相続税」と一括りにはできない。ドイツやフランスは相続人と被相続人の関係(配偶者・子・第三者)によって控除や税率が細かく分かれる遺産取得税方式をとる。一方、オーストリアやスウェーデンのように相続税そのものを廃止した国もある。欧州の株式やファンドを保有する場合、その資産がどの国の制度に紐づくか(発行体所在地、口座所在地、被相続人の居住地)を見極める必要がある。
アジア — 相続税のない国々と日本の対比
アジアには相続税を課さない国・地域が複数存在する。シンガポールや香港は相続税を廃止しており、マレーシアなども相続税がない。これらの地域は資産承継の負担が軽く、富裕層の資産拠点として選ばれてきた背景がある。一方、日本や韓国は相対的に高い相続税を維持している。ただし「相続税がない国に資産を置けば日本の相続税を免れる」という単純な話ではなく、被相続人・相続人の居住地や国籍、資産の所在によって日本の課税が及ぶ範囲は変わる。居住地の移転を伴う対策は、税務だけでなく生活実態を伴う重い意思決定であり、安易な節税目的での形式的な移転はリスクを伴う。
日本居住者から見たアクセス手段と論点
日本に住みながら海外株式を保有・承継する場合、いくつかの典型的な経路がある。
第一に、国内証券会社を通じた外国株式・外国ETFの保有である。日本の口座で米国株や海外ETFを買う形で、口座管理や相続手続きは国内の枠組みで完結しやすい。相続時の手続きや必要書類が国内で整っている点が実務上の利点である。
第二に、海外金融機関に直接口座を開く経路である。商品の選択肢は広がるが、被相続人の死亡後に相続人が海外口座にアクセスし、現地の手続きを踏む必要が生じる。言語・現地法・必要書類の壁があり、口座の存在自体が相続人に伝わっていなければ「行方不明資産」になりかねない。海外口座を持つなら、その所在と連絡先を相続人がたどれる形で残しておくことが不可欠である。
第三に、国内投資信託を通じた間接的な海外株式投資である。中身は海外株式でも、保有しているのは国内籍の投資信託であるため、相続手続きは国内資産として扱われ、海外所在資産特有の論点を回避しやすい。承継のしやすさを重視するなら、この「国内籍の器を通じて海外に分散する」形は有力な選択肢になる。
二重課税の調整という横串
どの経路でも横串となるのが二重課税の問題である。海外所在資産に現地の相続課税が及び、かつ日本の相続税も及ぶ場合、同じ資産に二重で課税されうる。日本にはこうした二重課税を一定範囲で調整する外国税額控除の仕組みがあるが、すべてを相殺できるとは限らず、国との租税条約の有無や内容にも左右される。海外資産の規模が大きいほど、この調整の見通しを事前に立てておく重要性が増す。
制度の交差点を設計の起点にする
国境を越える株式相続の難しさは、単一国の制度が難しいからではなく、複数国の制度が交差する点で予測しにくい結果が生まれるからである。遺産税方式か取得税方式か、取得価額がステップアップするか引き継がれるか、相続税のある国かない国か——この組み合わせによって、最適な保有形態は大きく変わる。
実務上の出発点は、自分の資産がどの国の制度に紐づいているかを棚卸しすることである。そのうえで、承継のしやすさ(国内籍の器で完結するか)、課税の見通し(二重課税の調整余地があるか)、相続人の負担(海外手続きを踏ませないか)を天秤にかける。各国の制度は改正が頻繁であり、本稿で示した型はあくまで現時点の大きな構造である。具体的な設計にあたっては、国際相続に精通した税理士・弁護士に、自身の居住地・国籍・資産構成を伝えたうえで相談していただきたい。
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本稿は教育・解説を目的とした一般的な情報であり、特定の国・制度・投資手法の推奨や、税務・法務上の個別助言ではありません。各国の税制は頻繁に改正されます。国際相続の判断は、必ず専門家の助言を得たうえで行ってください。
参考: OECD — Inheritance Taxation in OECD Countries / IRS — Estate Tax for Nonresidents not Citizens of the United States / 国税庁 — 相続税の仕組み
